2012年03月12日

日々を重ねる

結婚が決まってから、私はずっと全力疾走状態だった。
そしてこれから私が書くことはあくまでも私の主観だということを最初に書いておく。


結城さんと一緒に生きていくためには、私はあまりに治した方がいい歪な部分が沢山あった。
しかしそれは私の人生の中でつくられたものなので、完全に治すのはあまりに大変だった。

結納や引っ越しや入籍、挙式や二次会の準備など山積みのやらなければならないことと平行して、私はどうやってこれから生きていくのかをずっと考えてきた。

どうして私が結婚式の記事を一端中断してこんなことを書いているか。
それは、結婚後も私は何度か酷い欝状態になったり、相手に酷いことを言ったのに自分は覚えていないことがあったからだ。
このままでは私は私が覚えていない間に取り返しのつかない何かをしてしまうのではないかと怖くなった。

一度頭を整理したかった。
元々このブログは私が生きていた事実を残すために、どんな欝な内容でも書いてきた。
捌け口が他になかった。
世界はごく一部を除けば敵であり恐怖の対象でしかなかった。

だから、幸せな記事よりも、生きていくために私が思ったことが書きたい。
私は今幸せだ。
でも、生きることは柔らかくあたたかい、居心地のいい夢の中ではない。
当然現実には、苦しいことがたくさんあるのだ。
苦しいことをかんがみても幸せだといえるようになった。
そこにたどりつくのに、私はここまでの時間を費やした。


私は実家暮らししかしたことのない地元育ちの一人娘で、まず家事の加減が分からなかったし、ほどほどに手抜きをしても許されるということがわからなかった。
結城さんは散らかっていることは苦手なようだったが、私は埃などが我慢ならなかった。
逆に私は片付けることに興味があまりないので、そういうアンバランスさは今もって何も変わっていない。
私は物を使いやすいよう手に取りやすい位置にごちゃごちゃ置きたがる。
結婚当初、私は帰宅すると机や棚を拭き、クイックルワイパーでフローリングを全室掃除し、テレビを見ながら洗濯物を畳み、台所であれこれ作り置きできるものを作ったりしていた。
今よりもずっと要領が悪かったので時間があっという間に過ぎていったが、何をどれだけやっても、ちゃんと家のことをできていると自分で思えなかった。
帰宅すれば部屋に引きこもりネット化読書をしていた独身時代とあまりにもかけ離れた生活サイクルだったのだから、自分をもっと褒めてもよかったのだろう。
それでも私は完璧に家事をこなせていない、もっと頑張らなくては、と思ってしまう。
結城さんは何も料理ができない頃を知っているので凄くほめてくれた。
ちょっとした料理でもおいしいと言ってくれたし、アイロンがけをすればありがとうと言ってくれた。
なぜ自分で自分を認められないのか、結婚した最初はよくわからなかった。


私が少なくとも自分の分担となっている家事を完璧にこなさなければならない、という強迫観念の裏には、2つの理由があると今では自分を分析している。
一つは私がボーダーライン(境界例パーソナリティ障害)であること。
ボーダーラインの特徴の一つには白黒思考(零百思考)がある。例えばテストで、「100点でなければ0点も95点も同じで無意味」というような極端な考え方をすることだ。
家事においても、完璧でなければ家事をしていないのと同じ、というような考えを私はついしてしまう。
さして心身ともに丈夫でないのに家事を完璧にやるなど無理だ。人が生活している以上部屋は汚れるし、実家時代料理をあまり作っていない私が、正社員として定時まで働いた後に、凝った料理を作って食べさせてあげることは難しい。

もう一つは、ボーダーラインや欝であることへの引け目だ。
見捨てられ不安や白黒思考、自傷や不安を紛らわせる為にお酒を飲んで鬱が酷くなるなど、私と結婚するというのは恐らくとても忍耐が必要なことだ。
知り合った時点で私が精神疾患持ちであることを結城さんは知っているし、私の主治医とも会っている。それでも私は、「私のような面倒くさい人間じゃなくて、もっといい人がいるだろうに」と思われたくなくて、必死になっていた(実際に結城さんやその周囲がそう思うかどうかではなく、私の中にそういう考えがべったり張り付いているというのが問題だった)。
恐らく、私は誰よりも自分自身に、「私と結婚していい面だって沢山ある。私の精神疾患をかんがみても、幸せな生活を送れている」と信じさせたいのではないかと思っている。

私に完璧であることを、結城さんは一度も私に強いたことはない。
ただ私が私に自信が持てず、おびえている。
そしてせめて家事くらい完璧に出来なくては、という強迫観念と常に戦っている。
出来ない部分を探しては自分を責め、ストレスを溜め、積もり積もって「ちゃんとできない!こんな風じゃ意味がない!」という状態になってしまう。
そしてそのイライラを結城さんに対して強い口調でちょっとしたことを責めたり、皮肉っぽいような返事しか出来なくなってしまうことも度々だ。
結城さんがだって仕事で疲れていればいつも私をなだめる側に離れないのは当然で、いらだった返事が返ってくると今度は「見捨てられるんじゃないか」と極度の不安に襲われて欝やパニックになる。
こんな風になるなら、完璧な家事を求めることに何の意味もなくなってしまう。
それが分かっているのにコントロールができない自分が無意味なものに思えて、バランスを崩してしまうという悪循環を生んでしまうのだ。

私は今、仕事をしながら家事をすることの力加減を日々手探りで探している。
思いついたらしておくことをtodoとしてメモに取ることで、以前よりは「ねばならない」という感情に振り回されて他がおろそかになるという状態は以前よりもましになったと思う。
しかし私のこの強迫観念を治すのは、時間がかかるだろうと思っている。
自分ではなかなか感情の上下のコントロールが出来ないし、何か別のことに意識を逸らすというのも得意ではないからだ。
特効薬もないし、結城さんと相談したり、私の性格をよくわかっている人たちにフォローや助言をお願いしながら、私にとっても、結城さんにとっても過ごしやすい生活を探していければと思っている。


日々を重ねることは、難しい。
生きたいと思って生きる人生は重く、とてもつらい。
きっと一人では私は無理だった。
私と一緒に生きてくれる人がいて本当に良かった。

だから二人でそう思って生きていけるように、幸せなことも、つらいことも、重ねて歩いていく。



















posted by 氷迫 律 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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